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第32話 振り回されるミカエラ

last update Dernière mise à jour: 2025-07-12 22:22:51

 侍女の機嫌がよい。

「ミカエラさま。今朝もアイゼルさまから白い薔薇が届きましたよ」

 アイゼルからの贈り物は小さい物であったが、こまめに届くようになった。

「カードも添えられているわね」

「うふふ。王太子殿下もようやく婚約者の扱いを学ばれたのではないでしょうか。……あら、こんな物言い、不敬かしら?」

 侍女はご機嫌で花瓶を持ち、水を替えに部屋を出ていった。

 ミカエラの手には、今朝届いた新しい白薔薇がある。

 手入れの行き届いた白薔薇は、一日で枯れるようなことはない。

 機嫌のよい侍女が世話をするせいか、長く花を咲かせていた。

 花瓶は一輪挿しから大ぶりな物に変えられて、ミカエラの生活を彩っていた。

(アイゼルさまの贈り物が届くようになってから、令嬢たちからの風当たりが強くなったわ)

 階段から突き落とされそうになったことは一度や二度ではない。

 ヒソヒソクスクスという陰口も相変わらずである。

 令嬢とは根性悪く諦めが悪いものだ。

(代わりに令息たちからの扱いは少し優しくなった気がする。このままアイゼルさまのもとへわたくしが嫁ぐのであれば、ご機嫌取りをしたほうが得だものね)

 王太子からの贈り物は侍女の機嫌をとることには成功したが、ミカエラの身の安全と心の安寧には役立たなかった。

 令嬢たちのミカエラへの風当たりが強いことにはもう1つ理由がある。

 毎朝渡されるミゼラルからの赤い薔薇一輪だ。

(たった一輪。しかも神殿へ捧げるための薔薇の花だというのに。堂々と外で渡されるのだもの。皆に知れわたるまで、そう時間はかからなかったわ)

 ミカエラは溜息を1つ吐いた。

「ミカエラさま、そちらの薔薇も花瓶へ生けましょうか? それとも、もう少し眺めておいでになるおつもりですか?」

 侍女から揶揄うように言われて、ミカエラは苦笑いを浮かべた。

「これも花瓶へお願いするわ。わたくしは神殿へ行かなければならないし」

「そうですね、ミカエラさま。神殿からお帰りになった後も、予定はびっちり埋まっていますからね」

 ミカエラの日常は相変わらず忙しい。

 身支度を整えたミカエラは、神殿へと向かった。

「おはようございます、ミカエラさま」

「おはようございます、ミゼラルさま」

 神殿へ向かう道には、黒髪の美丈夫の姿があった。

「これをどうぞ」

 ミゼラルは今朝も真っ赤な薔薇を一輪、ミ
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